建築道(みち)5・・設計製図とロッキー

 入学当初、最初の設計製図課題「レタリング」は散々だった。レタリングは文字を美しく書く課題で、アルファベット、数字、ひらがな、カタカナ、漢字を図面一面に書くというもの。苦手な部分なので彼は慎重に課題を仕上げた。評定はABCDEの5段階でC丸だった。担当講師は総評で「B以下の者は設計でなく監督を目指すべきだ」などと言う。その時彼は、具体的な将来の道など考えてなかったが、最初の課題で「設計は無理だ」と言われた衝撃に大きく落ち込んだ。しかしその後の色彩の課題はエグく、なんと評価Aを貰いバイブスが上がる・・という一面もあった。

 近所のYしゃんが予言したように彼の字は汚く、その後も設計製図課題作成に苦労することになる。新入生の中には高校3年間建築を学んだ者もいたし、多くの学生は入学以前に建築を志した強者ばかりだった。しかし彼はそれまで建築にさほど興味もなく、建築図面など見たこともなかった。それは強者の中でハンデを背負った赤子が立ち尽くすようだった。個別講評・指導の際は皆の見てる前での「もっと丁寧に!何も分かってない」などと言われプライドがずたずたになる。入学当初は実力の差は歴然だった。建築を始めの一から学び、強者達と設計で競い合う姿は、さながら屈辱の中から這い上がるイタリアの種馬「ロッキー」のようだった。殴られても殴られても立ち上がり競い合う。そして「彼らに追い付き、追い越すにはどうするか?」をその後の四年間、いや数十年間藻搔き続けることになる。 彼は卒業後の自身結婚式での入場曲に「ロッキーのテーマ」を選定した事と何かしらの関係があるかもしれない。

 設計製図は最初に課題説明があり、その後1週間ごとに課題建築に関する計画や構造・法規の講義があり、2か月後にA2-10枚ほどの設計図書を仕上げる。彼はいつも最後の3日が徹夜状態になり、出来立ての設計図書をもうろうとした意識の中で提出した。評定はABCDEの5段階でD以下は再提出となる。厳しい講師の場合はほとんどの学生が再提出の時もある。苦労して仕上げた製図が再提出になった時は言いようもない屈辱を味わう。しかし設計者はそんなものだ。プロの設計者になってからもその戦いは続く。ほとんどのプロジェクトの計画は1案しか採用されず、プロの競争は1位でなくてはならない。2位・3位では採用されない厳しい世界。どんな優秀な建築家でも選定されない時や、クライアントに計画を否定される時がある。設計者は屈辱や挫折に耐え抜き、再び立ち上がらなければならない。設計製図授業はその屈辱と挫折に耐える訓練でもあった。

 彼の設計製図の課題は挫折の連続だったが、3学年頃からアレッ!と思う評価がチラホラあり、設計を通しての競争というストイックな魔力に取りつかれつつあった。 

ロンシャンの礼拝堂