衝撃のエスプレッソ

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濃い珈琲が好きだが、代表格はエスプレッソだろう。そのエスプレッソで驚かされたことがある。

数年前のことで恐縮だが、南福島の本屋さんの中にあるカフェ(全国展開店)での出来事。本購入後カフェに寄った。壁に掲げるメニューを見るとエスプレッソがあり、注意書きで「量が少ないです」と書いてある。小生本場イタリアでも頂いており、デミタスカップも小さいし量も少ないことは当然知っている。

エスプレッソを注文すると、店員さんも「量が少ないですがよろしいですか?」と言う。ずいぶん慎重だと思う。前述のような理由で「大丈夫です」と答える。

出てきたのは小さめのデミタスカップにほんの少しのエスプレッソ。衝撃的な量の少なさだ。スプーン2杯分だろうか。2回確認した都合上「これだけなの?」とか「何かの間違いでは?」・・などと言うこともできず、席に運び、普段なら一口で飲めそうな量を2回に分け味わった。味は悪くない。しかし何とも腑に落ちない量の少なさにモヤモヤした気持ちでカフェを後にした。

日にちが過ぎても納得いかない。マシーンが壊れていたのではの疑問が沸いた。1週間後、今度は娘を連れ再びそこのエスプレッソに挑戦した。結果は同じだった。前回も今回も間違いでなかったのだ。それにしても恐ろしい量の少なさだ。最近は行ってないが、今でもそうかを今度試してみたい。

余談だが、普段使っている珈琲用カップは大きい。寿司屋のような坂本竜馬カップ(茶碗)だ。何回も割れ、頑丈なものにした結果だが、2杯分は入る。すると、同じ珈琲好きのパートナーが対向してきて、優に3杯は入るだろうと思われるカップを使い出した。飲みすぎ、これじゃ体に悪いのではと思う。最近では一人の時しか竜馬カップにいっぱいの珈琲が入ることがなくなった。花柄のカップはデカすぎると思う。それに比べて本屋のカフェのエスプレッソは異次元の世界だ。

 

ハードボイルド的珈琲のすすめ

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自分は珈琲族だ。毎日4・5杯は飲む。しかし豆はそれほど凝ってない。

 先日、珈琲に凝る友人を訪問した。彼は無類の珈琲好きとみえ、豆にも凝りサイフォンで入れてくれる。最近、とても気に入った豆を見つけたと、その香りの良さを話しながら、いれてくれた。その間、その豆の詳しい説明を聞いたが、それはフランス料理でのソムリエのようで、あまり頭に残らなかった。

いよいよ出来上がった。飲んでみると薄い。自分は濃い珈琲が好みだ。僕は正直に「香りは良い。でも薄い」と言う。「いつもこんな薄いのを飲んでるの?」と恐る恐る聞いた。彼は珈琲に凝っているのだ。すると「午後に濃いのを飲むと眠れなくなる」と・・・。自分のコーヒー好きはもう少しハードボイルド的嗜好が必要で、温泉卵的ゆで卵のような珈琲は苦手なのだ。

日曜日の朝は決まってエスプレッソマシンで入れる。それをF.L.ライトのコーヒーカップになみなみと注ぎ、BS日テレ「イタリア小さな村」をみるのが日課だ。そこには時折同じエスプレッソマシンが映り、まるでそこを訪ねた気分にもなる。そしてこんな暑い日の珈琲はこのくらい苦くなくちゃねーと思う。

 

 

後輩に「ラジオ体操やって、いい運動って感じる歳になっちゃいましたね」など言われてもメゲルことなく、相変わらずスーパーラジオ体操をしている。

一昨日はラジオ体操第一36セットの自己新記録を達成したが、体に変調をきたすので普段はそんなにはやらない。やり始めて6年目の春は平均して日に28セット、時間にして1時間15分程度だ。最近は時間がかかるので2回に分けている。久々に会った人が「やせたね」などと言うが、実は5年で4kg程度しか痩せていない。しかし中性脂肪コレステロール、尿酸値のデーターが良くなっているし、腰痛ともおさらば出来た。家のこもる機会が増える昨今お勧めしたい。

今日から5月!。。

写真は事務所から見える信夫山。

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32年前の資格

 

 この春、宅地建物取引士の登録をする。

 

 古い話で恐縮ですが、32年前の1987年、まだ20代の頃に宅地建物取引主任者という資格をとりました。当時は不動産の勉強のためで、その資格を使う予定はありませんでした。そんなこともあり登録料3万円は痛く、資格は宙に浮く放置状態となりました。

 

 放置状態が長引く間に法律が変わり、いつの間にか資格名も宅地建物取引士と変わり、合格時なかった登録条件に実務経験2年が必要になっていました。実務経験はありません。ますます登録が遠のきます。そんなこんなで昨年秋、ふとしたことから32年前の合格がいまだ有効である事を知り驚きました。そこで合格証書を捜索、ハードルを乗り越えてみようと思ったしだいです。

 

 実務経験がない場合、1カ月の通信教育と2日間の講習と試験が必要です。それらをこの冬にクリアーして(講師に32年前の合格に驚かれながら)、3月に無事登録出来ました。講習料2.2万円、登録料3.7万円になっていましたが、久しぶりの資格勉強は新鮮で、達成感も沸き刺激的でした。暗雲がはびこる昨今、空き家問題に一石を投じる事が出来れば良いなぁ~と思ってます。

 

 是非「やれる事は今やる」「大事な事にはケチらない」という教訓に。登録に32年もかかるようなことがないように。

 

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カラスと胡桃

最近、事務所前道路に胡桃の殻が落ちていて不思議に思っていたが、理由が分かった。カラスだ。車の通りそうな場所に胡桃を落とし、割っている。TV情報で知ってはいたが、目撃ははじめて。そんな優秀カラスが近所にいることに感激。そのビックニュースを話すと、いがいにも他でもけっこういるらしい。近くの信夫山には多くのカラスが住んでいる。

掃除もしてくれると良いのだけど・・。

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今宵から 駅前ミュージアム vol.2 がスタート!

夕方、福島駅前を注目下さい!!

本日3月2日(月)日没からJR福島駅前にて「駅前ミュージアム vol.2」がスタート、4月末までの予定で毎晩放映します。

 

駅前ミュージアム 」は

WE MAKE A CHANCE TO THINK ABOUT FUKUSHIMA.

IT WILL BE A PLACE WHERE YOU CAN FEEL THE SEPARATION

AND THE BIRTH OF REDEVELOPMENT.

「私たちは、福島のことを考えるきっかけを作ります

ここは解体の別れと再開発の誕生を感じられる場所」

とし、福島駅前を盛りあげる!ためのプロジェクトです。

 

内容 :  vol.2

1.ふくしまからエールめし

福島市の飲食店8店がまちにエールを送る動画(×2種)

楽曲提供&うた:山崎明保さん「栄冠は君に輝く」(作曲:古関裕而 作詞:加賀大介

 

2.RUN RUN FUKUSHIMA 

福島各地をゆかりのあるキャラクターがバトンをつなぐアニメーション

 

3.フクシマノキオク

うさ坊・うさ爺のほかに、福島市の鳥シジュウカラのマスターと白鳥の若人が出演(×5種)

5つの百貨店を振り返ります

 

4.FUKUSHIMA EVENT NEWS・・・イベント情報

 

方法 :  ムービー外壁面投影

場所 :  旧中合2番館(平和ビル)外壁
       福島市栄町8-1(JR福島駅徒歩2分)

投影時間 : 日没~21:00毎日

提供 :  ㈱ SKコーポレーション
運営 : ㈱ぶらっとWeb放送
企画・制作・撮影 : A&D遠藤設計 担当DESIGNER 遠藤知里

 

福島のシンガーソングライター山崎明保さんの歌にのせて福島からエールを届けます。

 

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豊吉はほどほどに

結婚した時、とんでもないものを貰った。いや、預けられたが適切だろう。

 学生生活が終わった年に結婚した。若気の至りと言うことでもないが、いろいろな出来事からこうなってしまった。今思うと、建築家としては結婚が早い部類にはいるだろうが、建築修行に集中でき決して悪い事ではなかった。問題なのは、その時に親から預かった「豊吉(とよきち)」にあった。結婚を決めた二人を前に「めでたき事なので豊吉をやるので子供ができたら名付けるように」と言う。それはあたかも結婚の条件のようでもあり、無茶苦茶な話とも言える。

 「豊吉」とは実家が多少経済的に良かった時代、3・4代前の二代に渡る名前。特に4代前豊吉は一癖も二癖もあり財を成し(財を成したと言ってもたいしたものではない)、一方3代前豊吉は温厚で皆から好かれた人物であったと言う。これは一族内では語り癖になっており、ようは縁起の良い名前で、一族的には由緒ある名前となっている。

 聞き慣れている名前であり聞き流したが、初めてその名前を聞いた婚約者は多少動揺した。後にそのいわれを教えたが、意味が分からないようだった。そして曖昧なまま結婚した。その2年後に長女が、3年遅れて次女が生まれた。さすがに女の子に豊吉はない。自分は3人目を望んだ。しかし、それまでの家事や子育てに対する態度・行動が問題となり、拒否されてしまった。言い訳になるが、その時は自分が建築修行まっしぐらの時期と重なる。

 そんな事で、幸いにしてこれまで名前問題は浮上しなかった。しかし時折「豊吉」が思い浮かぶ。なんせ由緒ある名前だし、この時代けっこういけるかもと思う。そこで娘達がある年齢になった時、この「豊吉」の話をし「どちらか先に男の子ができたら、豊吉をあげる」と話してある。娘達がなかなか結婚しなかったのは、これがあったのかもしれないので、この話題はほどほどにしよう。

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