名前の話

名字で呼ばれる事はあまりない。幼少から特殊で古風な名前と付き合っている。子供の頃からこの名前だった自分は、様々な場面でいろんなことが起きた。そんな半生を送り、のちに事務所名も名前を入れることにもなり、昔は嫌だった名前が今ではけっこう気にいっている。

 忘れられない事があった。学生時代、演劇部の助っ人で劇に出演した。安部公房原作劇の大作で本番前は3日程度徹夜になるほど情熱を傾けた。当日になる、客入りは上々。開演は暗闇の中、出演者・スタッフの紹介から始まった。嫌な予感がした。僕はアナウスの女性と面識がなく、彼女も助っ人だったのだ。予感は的中した。アナウスは自分の番に来てピタッと止まった。「遠藤・・・エッ!・・これ何?・・」・・・「シセヨシ?」ゴタごたごた・・そして椅子が倒れる音。しばらくして「ちよきち!」と流れる。それまで「シーン」と静まり返りかえった会場が大爆笑となった。結局それはその演劇の中で一番受けた場面となる。その時会場に現女房もいた事をつけ加えておこう。

 結婚して2人の娘ができた。古風な名前は相変わらず影響を及ぼす。一時、次女は「チヨキチ」とのあだ名。そしてたびたび二人は「知世吉さんの娘さん」と呼ばれた。それは自分としては当たり前の事で、なんの違和感もなかった。ところがである。娘が大人になってきた昨今、自分自身が「○○さんのお父さん」とか「△△さんのお父さん」と呼ばれる事が多くなってきたのだ。娘の知り合いなので当然と言えば当然だが、自分は慣れていない。

 ある時、娘の友人達が「○○さんのお父さん」「あー△△さんのお父さんですか」などと言う。思い起こせばその時は酒も入っており、彼らに自分が名前についてどんな半生を送ってきて「娘のお父さんと呼ばれるのにいかに慣れていないか」を話した。そして、今度娘達に会った時はぜひ「あー知世吉さんの娘さん」と言って欲しいと頼んだ。

 しばらくして「知世吉さんの娘さん」と呼ばれた!などの声。そうかそうかと思っていると、だんだんエスカレートして「○○さんのお父さんの知世吉さんの娘さん」と呼ぶ人も出てきたりして、訳が分からなくなり、「知世吉さんの娘さん」計画はやめた。これも娘達が成長した証だろうなどと思っていると、「あなたはぜんぜん成長してない」などと思わぬ方面から批判が沸いてきた。

 

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